十七史百將傳卷五 魏司馬懿 司馬懿(仲達)

要約

司馬懿は字を仲達といい、河内郡温県の人である。聡明で計略に富み、広く学んで儒教を守り、漢末の大乱に天下を憂え、武帝が召し用いた。

張魯討伐に従い、漢中で威を輝かせば益州は瓦解すると進言したが、武帝は、隴右を得てさらに蜀まで得ようというのかと言った。胡修と傅方を辺境に置くなとの進言も顧みられず、傅方らは果たして關羽に降った。

武帝が都を河北へ移そうとすると、于禁らは水に呑まれたので戦守の失ではない、遷都は敵に弱みを示すとし、羽の成功は孫権の望む所でないから背後を牽制させれば囲みは解けると諫めた。孫権は呂蒙に公安を襲わせ、羽は擒えられた。

文帝の世、孫権が西へ進むと、朝議は襄陽を棄て曹仁を宛に召すことを請うた。懿は水陸の要衝ゆえ棄ててはならぬと言ったが用いられず、曹仁は二城を焼き棄て、権は侵寇しなかった。

孟達が降って厚遇されると任すべきでないと諫めたが聞かれず、達は呉蜀と結び中国を図った。亮に謀を漏らされ兵を挙げようとすると、書を送って諭し、ためらう間に諸将の慎重論を退け道を倍し、八日で城下に到った。呉蜀の救援は諸将を分けて防いだ。達は司馬公は自ら来まいと書いたが、何とその速いことかと亮に告げた。水を渡って柵を破り、十六日攻め、鄧賢・李輔らが門を開いて降り、達を斬り捕虜一万余人を獲た。

二賊のいずれを先にするか問われ、夏口と東関は賊の心喉だとして、陸軍を皖城へ、水戦の軍を夏口へ向け撃てば必ず破れると答えた。

亮が天水を攻めると長安に屯し雍・梁の軍事を都督した。軍を分けよという張郃を退け隃麋に進み、亮が上邽の麦を刈ろうとすると朝夕馳せ向かい、亮は土煙を望んで逃げた。漢陽で陣を並べ、牛金の軽騎で誘うと亮は退き、祁山まで追った。亮が鹵城で囲いを作ると抜き、夜に逃げる亮を追撃し破った。

のち亮が渭水南原に塁を築くと、民の蓄えは南にあるとして渡り、水を背に塁を築いた。亮は果たして五丈原に止まった。胡遵・郭淮に陽遂を守らせ、積石で会戦し亮を五丈原に還らせた。長星が亮の塁に墜ちると必ず敗れると知り、奇兵で背後を牽制した。朝廷は持ちこたえよと命じ、出ぬので婦人の頭巾を送られた。怒って決戦を請うたが許されず、辛毗が軍門に立つと止めた。亮は、彼はもと戦う心無く、兵に武を示したいだけだと言った。懿は弟への返書に、亮は私の画の中に落ちていると書いた。

対塁百余日で亮が病死し、諸将が営を焼いて去ると追ったが、楊儀が旗を翻し鼓を鳴らし迎え撃つ体にしたので、窮した敵には迫らぬとして退いた。日を経て営塁を歩き、図書や糧穀を多く獲、天下の奇才だと言い、なお追って赤岸で亮の死を知った。死せる諸葛が生ける仲達を走らすと諺されると、死んだ場合は量らなかったと笑った。かつて亮の使者に問い、孔明は長くもつまいと告げた。

公孫文懿が反くと召され、城を棄てて逃げるが上策、遼水に拠るが次、座して襄平を守るは擒になるだけで、彼は必ず遼水で防ぐ、一年で十分だと答えた。

遼水に次すると、文懿は歩騎数万で遼隧を阻んだ。旗幟を多く張り南に出、賊が精鋭をそちらへ向けるとひそかに北へ渡り、賊を棄てて襄平へ向かった。諸将が咎めると、攻めれば賊の計に入る、その必ず救う所を攻めるのだと言った。賊が迎え撃つと三たび勝ち、賊は襄平に籠もった。

長雨で大水が数尺に及び、営を移そうと言う者は斬ると命じ、犯した都督の張静を斬った。賊の薪採りを討たせず、上庸では孟達の食が一年、文懿の将士は四倍でも糧は一月ゆえ糧と競ったのだ、いま賊は多く飢え、われらは少なく飽いている、憂えは賊が逃げることだけだと言った。朝廷が召還を請うても、日を数えるうちに擒にすると言った。雨が止むと囲みを合わせ、土山と地道を起こし昼夜攻めた。長星が城から梁水に墜ち、城中は震えた。文懿が王建・柳甫を遣わして降を乞うと二人を斬り、年若く決断ある者を遣わせと檄した。衛演が人質を乞うと、面縛せぬのは死につくと決めたのだと言った。文懿は南の囲みを突出したが撃ち破られ、星の墜ちた所で斬られた。

襦を乞う兵士に、襦は官物だと言って与えなかった。

呉の全琮らが侵寇すると自ら討つを請い、廟堂に安坐するは社稷の憂いだと南征した。軽騎で挑んでも敵が動かぬので、先登を募って必ず攻める勢いを示した。呉軍は夜に逃げ去り、三州口まで追い一万余人を斬り獲た。のち病に臥し京師で薨じた。時に年七十三。晋国が建つと追尊して宣王とされた。

孫子はいう、その次は交を伐つ、兵の情は速きを主とす、人を形せしめて我に形無し、分合をもって変を為す、怒らせてこれを撓す、戦いの日を知る、その必ず救う所を攻む、兵は拙速を聞く、能なるも能わざるを示す、これを形せば敵は必ず従う、と。懿が孫権に羽の背後を牽制させ、八日で孟達の城下に到り、陸軍を皖城へ水軍を夏口へ出し、軍を前後に分けず、婦人の頭巾に動かず、遼東は一年で足るとし、賊を棄てて襄平へ向かい、糧と競い、無能を装い、必ず攻める勢いを示して呉軍を夜に逃げ去らせたのが、これである。

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