殘唐五代史演義傳第三十回 存孝、鄧天王を生け捕る (存孝活捉鄧天王)

要約

矢を受けた張凱は陣営で死んだ。五侯は中を王重栄、左一を赫連鋒、左二を曹順、右一を周順、右二を韓鑒とし、一路約一万で林墩口を襲って太原に着き馬を休めた。存孝は、疲れた敵の隙に乗じては好漢の証にならぬから三日休ませて討ちたいと言い、晋王は仁義を褒めた。

五侯の兵が来ると存孝は畢燕檛を提げて馳せ出、一斉に来た二十八将のうち渾鉄の槊で十五将を討ち取り、残る軍は散って兵の大半が討たれ、日が暮れて存孝は賓州城へ退いた。

糧を運んで来た鄧天王は前の恥を雪ぐと誓って賓州城下で挑んだ。晋王は、放して武芸を修めさせてから十二年だ、敵わぬのではと案じたが、存孝は必ず擒えると答えた。

存孝が、黄桑店で擒えて泣いたから放したのにまた泣きに来たかと罵ると、天王は、あのときは老母に孝を全うしたかったのだ、今は母も死に武芸も修め終えたと言い返して戟で襲いかかった。存孝は数合で戟を押し開き、天王を生け捕って馬上に引き上げた。晋王は功を賀す酒を渡すまで下ろすなと言い、存孝は馬上で三杯飲んでから天王を下ろし、晋王は是非も問わず斬らせた。

休息中の存孝は倒れて鮮血を吐き、人事不省となった。熱い血が巡るところへ冷えた酒を三杯飲んで血が塞き止められ、甲を脱いで風疾に当たったのである。医者は一月の養生が要ると告げ、晋王は三軍に堅く守らせた。

三日後、糧を運んで来た高思継が連日城下で罵って存孝を生け捕りにすると言い立てたが、晋王は知らせなかった。察した存孝が安休休と薛阿檀を詰ると、二人は医者に怒らせぬよう言われて出られなかったと答えた。存孝は起き上がり、自分一人のために国家の大事を廃してよいかと甲を着けようとしたが、晋王が三軍の鋭気が挫けると押しとどめた。嗣源が死戦を願い、周徳威・樊達とともに馬歩の軍一千で出た。

五侯は白馬の高思継に二万で陣を布かせた。思継は人馬を二隊に分けて歩軍の脇に並べ、その大半が白馬の白馬義兵であった。李嗣源と四五十合戦って偽り敗れ、追って陣中に入った嗣源を伏兵五千が取り囲み、周徳威と樊達は散り散りになった。

晋王が救う者を問うと薛阿檀が壮士数十騎を率いて城を出た。阿檀は溝を飛び越えて斬り込み、副将謝墨を逃げ去らせ、嗣源を救い、なお残る数十騎ももう一度斬り込んで救い出した。遮る高思継も衝き散らし、安休休も加わって五路の軍馬は大いに乱れ、一同は凱歌を唱えて城に入った。

この篇の現代語訳全文について

この書の訳文は、Kindle版・ペーパーバックとして順次刊行しています。当サイトには底本の原文と各篇の要約を置いています。

刊行済みの巻は書籍のトップページに一覧があります。